東京地方裁判所 平成4年(行ウ)19号 判決 1992年6月23日
原告
菅谷恭明
被告
警視庁葛西警察署長
石井須美雄
右指定代理人
川畑春男
外四名
右訴訟代理人弁護士
山下卯吉
同
福田恆二
同
金井正人
被告
東京都知事
鈴木俊一
右指定代理人
金岡昭
外二名
主文
1 本件訴えのうち、被告警視庁葛西警察署長が平成二年一二月二二日付けでした原告に対する督促及び被告東京都知事が平成三年一一月一日付けでした原告に対する裁決の各取消請求に係る部分をいずれも却下する。
2 原告のその余の訴えに係る請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
1 被告警視庁葛西警察署長(以下「被告署長」という。)が平成二年一二月一一日付けで原告に対してした自家用普通乗用自動車(登録番号足立五三た七七四五号、以下「本件車両」という。)に係る車両移動措置費用九〇〇〇円の納付命令が無効であることを確認する。
2 被告署長が平成二年一二月二二日付けで原告に対してした右車両移動措置費用の督促を取り消す。
3 被告東京都知事(以下「被告知事」という。)が平成三年一一月一日付けで原告に対してした、本件車両に係る車両移動措置費用九〇〇〇円の督促についての審査請求を棄却する旨の裁決を取り消す。
第二事案の概要
本件は、禁止場所に駐車していて道路交通法による移動措置を受け、その費用の納付命令とその督促を受けた原告が、右移動措置は交通の危険もないのに行われた等と主張して右納付命令の無効確認等を求めた事案である。
一争いのない事実
1 原告は、平成二年一二月一一日午後五時三五分ころ、道路標識により終日駐車を禁止されていた東京都江戸川区<番地略>先の道路(両側に幅2.35メートル及び2.53メートルの歩道を備え、車道幅員6.2メートル、アスファルト舗装の相互交通道路である。以下「本件道路」という。)上に、本件車両を駐車し、被告署長の担当巡査により交通の妨害になるとして、本件道路から東京都江戸川区<番地略>所在の駐車場まで、これを移動する措置を受けた。
2 被告署長は、平成二年一二月一一日、原告に対し、右移動措置の費用九〇〇〇円を同月二一日までに納付するよう命じた(以下「本件納付命令」という。)。
3 被告署長は、平成二年一二月二二日、原告に対し、右移動措置費用を納付するよう督促をした(以下「本件督促」という。)。
4 原告は、平成三年二月二一日、被告知事に対し、右督促は取り消されるべきであるとして、審査請求をした(以下「本件審査請求」という。)。
被告知事は、平成三年一一月一日付けをもって、右審査請求を棄却する旨裁決し、原告に対し、同月七日到達の裁決書謄本により通知した(以下「本件裁決」という。)。
二争点及びこれに対する当事者の主張
1 被告署長のした本件移動措置費用の納付命令は無効か。
(原告の主張)
駐車禁止場所に駐車した車両に対し移動措置をとるには、危険の防止及び妨害の排除等の公共の利益と侵害される財産権を比較し、不当に財産権を侵害しないよう慎重に必要性の判断をすべきである。本件の場合、危険及び妨害の程度が軽微であるにも係わらず、移動措置をとったものであるから、憲法二九条に違反し、したがって、これに基づく納付命令は無効である。
(被告署長の主張)
行政行為を無効とする瑕疵は重大かつ明白なものでなければならないところ、被告署長のした本件移動措置は、当時本件車両が道路交通法四五条一項に違反して継続して駐車して交通の妨害となっていたが、その所有者又は使用者の所在を確認できなかったことから、同所における交通の危険を防止し、交通の円滑を図るため、本件車両を移動したものであって、何らの瑕疵もないし、これに基づく納付命令にも瑕疵はない。
2 本件督促は、取消訴訟の対象となる行政処分と言えるか。
(原告の主張)
本件督促により、原告は、本件移動措置費用の支払いを強制されているから、その取消を求める。
(被告署長の主張)
督促は、納付義務者が移動措置費用を納付期限までに完納しない場合、右義務者に対してされる納付の催告であり、右費用の滞納処分を実施するための前提条件に過ぎないし、また、督促の内容となる延滞金の支払いは、既に額の確定している移動措置費用の納付期限内に完納されないことを条件とし、法定の割合によって計算された額について、納付告知の手続きを経て、納付命令に付帯して徴収されるものであり、督促そのものの効果として発生するものではない。したがって、本件督促は、それによって原告の権利義務や法律上の地位に対して直接影響を及ぼすものではないから、取消訴訟の対象となる行政処分に当たらない。
3 原告には本件裁決の取消を求める法律上の利益があるか、本件裁決には裁決固有の違法事由があるか。
(原告の主張)
本件裁決は、裁決理由として、被告署長の弁明書の記載内容をほぼそのまま繰り返し述べるのみで、原告主張の理由が何故認められないのか殆ど明らかにしていないから、行政不服審査法四一条一項に違反する。
(被告知事の主張)
本件裁決の理由中で請求人の主張が採用されなかったことに対する不服は、本件裁決の手続上の違法その他裁決固有の違法事由とはなりえないから、原告の主張は、それ自体失当である。
第三争点に対する判断
一争点1(被告署長のした本件移動措置費用の納付命令は無効か)について
1 道路交通法五一条によれば、警察署長が駐車禁止場所に駐車している車両の移動措置をとった場合の費用の納付命令は、警察署長が、本来都道府県知事の権限に属する事項を、その委任を受けて行うものであり、道路における危険の防止その他交通の安全と円滑を図るという警察署長に本来的に付与された責務の遂行としての移動措置とは、その行政目的を異にするものであると考えられる。もっとも、移動措置は、実施されれば目的が達成されてしまい、事後的にその取消変更を求める余地のないものであるから、その実施に何らかの違法があれば、これに基づく納付命令も違法となる関係にあり、違法な移動措置によって費用が発生しても、車両の所有者等は、その納付義務を負うものではないと解される。
2 しかしながら、行政処分が無効であるというためには、これに重大かつ明白な瑕疵がある場合でなければならないと解されるところ、右の納付命令についてはその手続自体に右のような瑕疵がある場合は格別、その前提となる移動措置については、これと納付命令とは、右1に述べたとおり、その権限の所在が本来は異なり、行政目的も別個の制度であることに鑑みれば、これに単なる違法があっても、納付命令の重大かつ明白な違法をもたらすことはあり得ず、これを無効とするものではないと解すべきである。
3 原告が本件納付命令を無効であるとして主張するところのものは、その前提となった本件移動措置の単なる違法であるに過ぎないから、その余の点について判断を加えるまでもなく、原告の本件納付命令の無効確認を求める請求は理由がないことが明らかである。
4 なお、本件における当事者間に争いのない事実、証拠(<書証番号略>)並びに弁論の全趣旨によれば、本件道路は、歩道又は路側帯と車道の区別があり、幅員6.2メートルの車道のほぼ中央部に道路標識による白色の中央線が設けられたアスファルト舗装の相互交通道路であったから、中央線で区分された片側の通行帯の幅は約三メートルにほかならず、したがって、普通乗用自動車である本件車両が駐車していたために、他の多くの車両にとっては本件道路の片側の通行帯をそのまま通行するに必要な幅員が確保されなくなっていたものと認めることができる。もとより、本件道路の車両通行量が無に等しいものということはできないから、右の間に本件道路を通行した車両の多くは、本件車両が駐車していたために、対向車線にはみ出して通行しなければならず、本件車両の駐車により現に交通が妨害されていたものと優に推認できる。そうすると、本件車両につき、本件道路における交通の危険を防止し、交通の円滑を図るために、本件車両を移動した本件の措置自体についても、違法の瑕疵はないものというべきである。
二争点2(本件督促は、取消訴訟の対象となる行政処分と言えるか)について
1 行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは、行政庁の行為のうち、それによって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解される。
2 道路交通法によれば、五一条二項及び六項から八項までの規定に基づく車両の移動に要した費用は当該車両の所有者らが負担するものとされ(同条一四項)、警察署長は、当該車両の所有者らに対し、これらの者の負担金につき、文書でその納付を命じなければならず(同条一五項)、右の文書によって指定された納付期限を経過したときは、更に期限を指定して督促しなければならないとされている(同条一六項)。
これらの規定に鑑みると、五一条一六項による督促は、既に同条一四項の規定に基づいて負担金の支払義務を負った者に対し、その支払いを督促する旨の意思の通知に過ぎず、これによって原告の権利義務及び法律上の地位に直接具体的な影響を及ぼすものではない(なお、督促については、廷滞金及び督促手数料を徴収することができるものとされているが、これも納付命令に従わなかったことにより当然発生する義務であって、督促により発生するものとはいえない。)。
3 そうすると、右督促は、取消訴訟の対象となる行政処分に当たらない。よって、原告の訴えのうち、本件督促の取消を求める部分は、不適法である。
三争点3(原告には本件裁決の取消を求める法律上の利益があるか、本件裁決には裁決固有の違法事由があるか)について
1 前二2のとおり、道路交通法五一条一六項による督促は、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たるとすることができないものであるから、これを行政不服審査法による審査請求の対象とすることもできないものであり、本件審査請求は、同法に基づく不服申立をすることができないものをその対象とするものであって、不適法である。
2 そうであるとすれば、仮に、このような審査請求を棄却した本件裁決自体に瑕疵があるとして、これを判決によって取り消し、再度審査請求について審理をさせることとしても、再審理の結果は裁決で審査請求を却下すること以外にはあり得ないこととなるから、原告の訴えのうち、本件裁決の取消を求める部分は、結局その不服申立の利益を欠くものというほかはなく、不適法である。
(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官榮春彦 裁判官長屋文裕)